日本の食は安すぎる。日本と欧米はここが違うーアグリビジネス論Vol.10

日本の食は安すぎる。日本と欧米はここが違うーアグリビジネス論Vol.10
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公開日:2022.08.03

日本の食は海外から見て安い?しかし目にするのは物価上昇のニュース。消費者が感じる「食料高騰」と農業者の感じる「野菜価格低下」という矛盾。今回は諸外国と比べ日本の食の価格がなぜ下落するのかを解説します。

目次

日本の農産物は安すぎる!?

日本の農産物は安すぎる!?

値上げラッシュのニュースが駆け巡る昨今ですが、私たちの食事情はどうなるのだろうか、と不安な皆さんも多くおられると思います。

しかし一方で、多くの日本の農家さんから「作物の値段が上がらず、一方で燃料費や肥料費資材費が高騰して、もう事業を続けていけない」という声があふれています。例えば、もやしについてはもう少しだけでも値段を挙げてほしいということで訴えたことがニュース※にもなりました。

※参照:日テレNEWS「価格の優等生」もやし値上がり 生産現場で起きていること 小売りでも苦悩が

野菜の卸内数量及び卸売価格の推移

また、こちらの「野菜の卸内数量及び卸売価格の推移」をみても、野菜全般でここ数年、価格は伸び悩んでいます。

日本においては、消費者が感じる「食料高騰」と、農業者の感じる「野菜価格低下」という二つの矛盾する状況が起きているようです。

主要品目であるお米の価格も見てみましょう。

米の相対取引価格の長期推移

こちら米の相対取引価格の長期推移のグラフからも分かるように、過去30年間、お米の値段は徐々に下がってきています。コロナ禍に見舞われたここ2年は、給食などの需要減少が響き、さらに下落する様相を見せています。

世界から見ても、日本の食は安すぎるようです。

ビッグマック指数

マクドナルドで販売されているビッグマック1個の価格を比較して、各国の経済力を測るといわれる「ビックマック指数」の現在の状況がこちらです。
これをもとに各メディアが分析し、日本での食の価格が安いことを指摘されていることを見聞きした方も多いと思います。こちらの指標は、あくまで参考数値という意味ですが、海外観光客が日本に来る理由に「食べ物がおいしくて魅力的でしかも安い」という声は多いのです。

諸外国との違いは日本の農業の経営規模

諸外国の違いは日本の農業の経営規模

日本の食は安いことで、日本の農業者はとても厳しい状況に置かれています。
こういった事態に対して、政府としては農地中間管理機構法などを改正し、農地の集約化を進め、規模を大きくすることで農業の活性化を図ろうとしています。この法律では農地の効率化を進めています。要するに、小さな農地で生産しても効率化は進まず、農業者のコストが下がらない(≒農業者が儲からない)という前提で、農業地の集約を進めれば農業者の生産効率が上がり、結果として収益が増える、農業の持続可能性が高まる、という視点です。

1戸当たりの農地面積の国際比較

実際、日本の農業の経営規模を外国と比較したのが上の図「1戸当たりの農地面積の国際比較」になります。

まず前提として、日本の農業の平均耕作面積は、北海道23ha他は1haという状況から、農家1戸当たりの農地面積は【日本:1.8ha】となっています。
【アメリカ:180.2ha】で日本の99倍、【EU:16.9 ha】、【豪州:3,423.8 ha】に至っては日本の1,902倍。諸外国と比較して、これだけの差が出ます。

別途調べてみましたが、ドイツ・バイエルン州における「家庭農業」では、小規模農家と呼ばれるものでも耕作面積が10 haの農家で30%以下しかいません。つまり、欧米でも「小規模」といっても多くの農家が北海道の農家(23ha)以上の面積を持っています。日本の「小規模」(2ha程度)とは比べ物にならないことが分かります。

一方で、農地の集約も含め、規模を拡大する農家は少しずつ増える傾向にあります。

稲作単一経営農家の経営耕地

上の図を見ていただくと、5ha未満の規模から、5ha以上の経営規模に増やしている農家の数は純増しているのがわかります。一方で、経営耕地規模を減らしている農家も一定数います。

経営規模を拡大・縮小した理由

こちらのアンケートで経営耕地規模を縮小した理由をみると、「農産物価格や単位面積あたり収益の低迷」という答えがかなりの割合を占めています。高齢化による規模の縮小は、労働力という面から致し方ない部分はありますが、収益の低迷で経営規模を縮小させるという状態は、日本農業にとって好ましくない事態と言えます。

米農家は儲からない…からの悪循環で価格低下

米農家は儲からない…からの悪循環で価格低下

農家の収益の低迷の原因として、まず一つは先ほど挙げた「米の買取価格の低迷」があります。この原因は間違いなく日本人の「コメ離れ」です。

お米の消費が下がってくると、当然お米の値段が下がります。一部のブランド米(魚沼産コシヒカリなど)が頑張ったとしても、そもそも消費量が減ってしまっては、全国各地のお米農家は大きな打撃を受けます。ブランディングだけでは解決になりません。

そして、収益が低くなったお米農家は、規模を縮小したり、他の作物への切り替えをしたりします。何に切り替えるかというと、高収益が見込めそうな野菜です。少し前まではトマトやナス、近年ではブロッコリーなどに生産を切り替える産地が続出しました。

その結果、何が起きたかというと、今度は野菜が暴落しやすくなりました。

なすの月別平均卸売価格

例えば茄子は、全体として生産量は減っていますが、人口減少や野菜の消費トレンドの変化などの理由で、消費量はそれ以上に減っている様子です。したがって、各地で生産がピークとなる6月から8月にかけて、相場が下がりやすくなっているように見えます。

日本のミニトマト生産量の年次推移

施設栽培の花形と言えるミニトマトは、毎年生産量を伸ばし続けています。需要においても増加傾向になるようでが、相場はどうでしょう?

ミニトマトの月別卸売り平均価格

こちらの表をみると、今年は昨年よりは高い相場になっていますが、各月で乱高下があり、過去5年に比べて相場があがっている傾向は見られません。

野菜は、天候にも左右され、「儲かる年」と「大赤字になる年」が交互に来たりするなど、非常に農業者にとっては難しいものです。しかしそこに多くの新規参入が来ると、取引価格としてはどうしても下がる要因になってしまいます。

この記事を書いている2022年7月下旬現在、残念ながら京都の市場では、伝統野菜の加茂茄子も昨年より3割ほど相場が下落しているようです。理由としては、コロナの影響で日本食レストランがダメージを受けていることもありますが、茄子全体で供給過剰なことが大きな理由だと市場関係者は話していました。なお、茄子をこの時期に出荷している茄子農家の立場としては、「お盆のお供え用の茄子の需要が一定見込める」という考え方もあるようです。しかし残念ながら、茄子に割りばしなどを刺して牛に見立て仏壇に供える…というご家庭は、だんだん少なくなっているのが現実かもしれません。

日本の食で皆が豊かになるためにできること

日本の食で皆が豊かになるためにできること

これまで、日本の農業は規模が小さく、諸外国と比べて生産効率が著しく低いため、規模を拡大させて、収益性を上げようとしてきたが、米の価格の下落によって、規模縮小を考えざるをえなかったり、野菜などに転換しても一部の野菜は価格が上昇せず、かえって収益性の悪化につながりかねない、という悪循環を説明してきました。

この流れを断ち切るためにはどうするのがいいのでしょうか?
一つは、お米をもっと食べていくことでしょう。どうしても消費者の立場としては、「美味しいもの」「安いもの」を求めがちですが、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)の浸透もあり、エシカル消費(倫理的消費)や環境の事を考える消費者も増えています。そういった活動を自分事にするために、ぜひ国産のお米、そして野菜を少しでも多く消費することを考えてみてください。野菜の価格は天候に左右されるとはいえ、今が旬のナスやキュウリは価格も手ごろで美味しさも抜群です。

エシカル消費は、「人や社会・環境に配慮した消費行動」という意味合いですが、当然その中には、農業の持続可能性を含めた「社会全体が良い方に進むための消費行動」が含まれます。次回の記事でエシカル消費を詳しく説明していきますが、「自分が食事をすることが農業全体に、社会全体にとってどういう結果に繋がっていくのか」ということを想像しながら消費活動を行って欲しいと思います。一人くらいの消費が変わっても…ということはありません。あなたの消費1つで未来が変わります。

お米の消費の変化で見てもらったように、いま日本では農業の持続可能性はとても厳しい状況にあることを知っていただき、日本の食で皆が豊かになるためにできることを1人1人が意識して行動に移すことを切に願います。

  • この記事の情報は掲載開始日時点のものとなります。
  • 農作物は、季節や天候などにより状況が変わります。
  • 掲載内容は予告なく変更されることがありますのでご了承ください。

ライター情報

  • Noumusubi
  • 片桐新之介

    フードビジネスコンサルタント。京都文教短期大学と吉備国際大学でフードツーリズム、フードビジネス論の講義もしています。得意分野はお酒と魚。百貨店食品部での経験を活かし、様々な面で農家や水産業者を支援。6次産業化プランナー、兵庫県マーケティングアドバイザー。まちづくりのコンサルも行っています。

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