グリーンツーリズムで農泊しよう!農家・農村に泊まる新しい農業体験ーアグリビジネス論Vol.8
皆さんは「農泊」という言葉を聞いたことがありますか?農業を営む人たちの暮らしに触れて、食の事、農の事を考えるきっかけにしていく新しいタイプの旅行です。今回は農泊の魅力や楽しむポイントを解説します。
農泊の歴史
農泊の発祥の地としてアピールしているのは、大分県の宇佐市、安心院というところです。日本で初めて農泊に取り組んだという1996年、農家と観光客をつなぐ団体としてグリーンツーリズム研究会を設立した宮田静一(みやたせいいち)さんは、はじめは何もかも手探りで行っていたと、先日ご子息の宮田宗武(みやたむねたけ)さんより伺いました。1泊でいくらなら支払ってくれるか、どうやってお客さんを集めるか、様々な苦労を経てスタートされたそうです。
既存の民宿やホテルなどは旅館業法という法律によって定められた要件を満たしていますが、農家のところに泊まることは、旅館業法などに関わるのか?そういった議論もありました。しかし地方活性化の重要な案件だという主張が年々高まり、いわゆる民宿とは異なり、あくまで農業漁業を営む人のところで暮らしを体験する、ということが目的であることを前提として広がっていくこととなりました。
現在では全国各地で様々な農泊があります。近年では、各地の民宿などを活用しつつ、周辺農業者の体験コースなどを組み合わせているところも増えています。体験できることも、農業や漁業に酪農、木工細工や伝統工芸品づくり、乗馬体験や森林セラピーまで様々な種類が増えてきました。
ちなみに農林水産省による農泊の定義は、『農泊とは、農山漁村において日本ならではの伝統的な生活体験や地元の人々との交流を楽しむことができる農山漁村滞在型旅行のことを指します。』となっています。尚、農泊の施設を運営する場合には、各地域で定められた営業方法に従う必要があります。
農泊を知るうえで「グリーンツーリズム」という言葉の理解も必要です。グリーンツーリズムとはヨーロッパで普及した考え方で、長期バカンスにおいて農山漁村に滞在し農漁業体験を楽しみ、地域の人々との交流を図る余暇活動のことです。日本では、農泊として農林水産省が普及を図っています。
最近では「スタディツアー」という言葉も一般化してきました。農家さんや漁師さんから、その地域ならではの良い話、苦労話や昔話を直接聞いてみることは、これからの日本の未来を考える上でも大切なことです。そのため、農泊を修学旅行として取り入れる高校なども年々増えてきています。
非日常を楽しむ農泊
先に述べたように農泊では「生活の体験」が主目的です。農家の朝はとても早かったりします。しかし、そういう事も含めて非日常の生活体験になります。
鶏の声で目覚めたり、日の出ないうちから畑に行って収穫を始めたり、様々な「農家の日常」を見ること、ともにやってみることが大切です。農作業やモノづくりの体験だけでなく、その地域に住んでいる人の暮らしをどれだけ身近に感じることができるか。もちろん、様々な組み合わせもできますので、地域の素敵な宿に泊まりつつ、自分のタイミングで何らかの体験プログラムを楽しむこともできます。
農業、漁業、工芸など体験プログラム
地域には、様々な体験プログラムが用意されています。農業体験や漁業体験で、実際に農家や漁師さんがする作業の場所に同行し、見学することや、実際に作業をやらせてもらうことができるものまで様々です。また伝統料理の製造体験、日々使うお皿やいすなどの器具などを山から木を切り出すところから製造するまでを体験するものなどがあります。いずれもですが、「その地域の日常」のなかで行われていることなのです。
農家さんの多くは、日ごろ使っているものを自作している人がとても多く、その工夫ぶりや、それだけの面白い資源(山の草木など)が身近にあることにも驚きます。また、山椒など天然の調味料や、自作の味噌などを味わったり、その作り方や活用の仕方を教えてもらえたりするのも楽しみの一つです。
私の農泊体験談
農泊の楽しさはこの「その地域の日常」にあります。都会の人たちにとっては「非日常」といえるものですが、「都会の日常」から離れてその地域に入り込むことによっていつもと違う自分になれる、その時間が最高のぜいたくになります。
地方が変われば生活も変わります。朝日が昇るころから収穫作業などに精を出し、昼間にかけては加工や出荷作業、日々使う農機具などの整備など畑を中心とした暮らしが楽しめます。ちなみに宇佐市は海に面していますが、安心院という地域は少し海から離れた山の地域です。天気も山特有の変わりやすい印象を受けました。
海を中心とした暮らしでは、さらに早く、朝というより夜明け前から人の動きが活発な印象です。私が訪問した京都府の宮津に近い漁港では、4時から漁船が出港し、8時ごろには漁を終えて漁港が港に帰ってきて、獲ってきた魚を漁師さんや奥様達が総出で仕分けします。そして、その魚を買い求めに地元の人も集まってきます。淡路島では、漁港の近くの路上で獲れたばかりの魚を並べて販売するおばあちゃんなどもいます。もちろん昼間も網の補修などの様々な作業がありますが、漁村の昼間は、安心院のそれよりのんびりとした雰囲気を感じたことがあります。普段の魚屋では見ることのできない、珍しい魚をたくさん見ることができるのも、現地ならではのとても面白い体験です。
農泊の醍醐味は暮らしを知り、通うこと
現地の農家さんや漁師さんから話を聞くことがなにより農泊の楽しみです。天気の話、土の話、潮の流れの話、季節の移り変わりなど話題は尽きません。その地域の昔話や怪談話(!)などもあるかもしれません。
農泊の醍醐味はその地域の「暮らしを知ること」です。ですから農泊を楽しむお勧めは、GWやお盆などの大型連休だけでなく、気が向いたときにふらりと訪れることです。そして、できれば同じ地域に季節を変えて行ってみて欲しいと思います。四季折々の地域の姿に応じた暮らしを楽しめると思います。
とくにお米の生産者さんなどの農泊だと、収穫や田植えのシーズンだけでなく、夏場に青々としたたくましい稲が育っているところに、風が吹いて田んぼが波を打っているように感じる風景は見ごたえがあります。もちろん秋の収穫前の黄金の稲穂のじゅうたんもとても趣がある風景です。木の姿や花、畑からとれる野菜、その時季の時にしか味わえない、見ることができないものがたくさんあります。
例えば、梨の畑の花が咲き乱れるころの風景はとても美しいですし、その花が咲いているときに一斉に受粉作業を行う農家さんたちの姿は、秋に収穫できる梨の美味しさを倍増させる思い出になります。
また、もしお気に入りの地域ができたら、数年おきででも「通って」みることも楽しさがあります。地域も少しずつ変化します。その「変化」とは、例えば人口の減少や耕作放棄地の増加など、地方が抱える深刻な問題の一つを見ることになるかもしれません。しかし、都会に住んでいるといっても、そういう地方の問題は、森林の荒廃や食文化の多様性の減衰などの結果として国民一人一人に影響を及ぼすものなのです。地域に1回行くという「点」ではなかなか気が付きにくいものですが、何回か訪問することで「時系列」を見ることでその問題を認識することもできます。そういった「知ること」が大切な一歩になります。
農泊に毎年来ていただけるお客さんがいることは、何よりその地域の農家さん漁師さんにとっても、大変な励みに、そして楽しみになります。皆さんも「お気に入り」の地域をぜひ見つけてほしいと思います。
- この記事の情報は掲載開始日時点のものとなります。
- 農作物は、季節や天候などにより状況が変わります。
- 掲載内容は予告なく変更されることがありますのでご了承ください。