山形県伊佐沢で作る幻のぶどう“高尾”とは?父から娘へ「やっぱりこの味」守り伝える挑戦は続く

山形県伊佐沢で作る幻のぶどう“高尾”とは?父から娘へ「やっぱりこの味」守り伝える挑戦は続く
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最終更新日:2024.07.17 公開日:2023.05.16

山形県長井市伊佐沢地区に「高尾ぶどう」を40年以上作り続けてきた農園があります。その栽培の難しさから生産量が激減し“幻のぶどう”と呼ばれる「高尾」。安部ぶどう園の安部真理(あべまり)さんを取材しました。

目次

伊佐沢で継いだ父の想い

伊佐沢で継いだ父の想い

――お父様の農園を継いで農家に?
はい。実家が農家で曽祖父の代から少しずつぶどうを作るようになり、父の代で規模を拡大して今の「安部ぶどう園」に至ります。だから、私で4代目になりますね。

――小さい頃から農家になろうと思っていたのですか?
ずっと農家になりたかったというわけではなかったです。
我が家は姉と私の二人姉妹だったのですが、小さい頃からどちらかが家業を継ぎなさいと言われて育ちました。姉は大学で農学部に進学し、農業系なので実家を継ぐだろうと思っていたんです。ところが、大学を卒業する姉は就職することを決めていて…。

姉の大学卒業と私の短大卒業のタイミングが一緒だったのですが、姉に先に就職を決められちゃったんですよね(笑)。
私はまだ進路が決まっていなかったこともあり、農業大学校(以下、農大)に進学することになりました。
ぶどう産地で有名だった山梨の農大で農業の基礎知識や技術を学び、その後実家でぶどう農家になったんです。

山形県長井市伊佐沢地区は、果樹地帯と呼ばれる果物生産が盛んな地域

――反発はなかったのですか?
当時は抵抗感がありました。
というのも、ずっと海外に行きたいという気持ちがあったんです。

その想いがなかなか捨てきれず、農大卒業後にドイツでの農業研修に参加しました。「最後にお願いやから海外に行かせてほしい」と両親に頼んだんです。
一度は海外生活を経験して、今は海外への想いはないです。帰国してやっぱり日本が一番良いなと感じたということもありますね(笑)。

 今は、家族4人でぶどうやすいかを作っています。
山形県長井市伊佐沢地区は、果樹地帯と呼ばれる果物生産が盛んな地域です。
土質が良いのはもちろん、盆地のため昼夜の寒暖差が大きく、美味しい果物が育つのに適した地域なんですよ。

安部ぶどう園は、山形県長井市伊佐沢地区で40年以上「高尾ぶどう」にこだわり、栽培を続けてきました。まだまだ栽培に関しては父に頼る部分が大きいのですが、難しい高尾ぶどう栽培に挑戦し続ける父の姿を受け継ぎたいと思っています。

食べる人を虜にする幻のぶどう「高尾」

食べる人を虜にする幻のぶどう「高尾」

――「高尾(たかお)」とはどのようなぶどうですか?
巨峰を改良して生まれた品種で、酸味は穏やかで甘みが強く、濃厚な味わいの黒ぶどうです。
丸い粒ではなく、先が尖ったような楕円形の粒が特徴的で、とにかく「味が濃い」んです。
もちろん、感じ方に個人差はあると思いますが、濃厚な味わいと高尾特有の香りは、一度その美味しさを知ってしまうと他のぶどうでは物足りなくなる…なんてこともあるんじゃないかな。

実際に高尾が好きなお客さんには、他のぶどうを召し上がっても「やっぱり高尾がいいな」と仰る方もいます。
そんな「高尾ぶどう」ですが、“幻のぶどう”と呼ばれています。

――“幻のぶどう”!それはなぜですか?
栽培するのが難しく、とにかく手間がかかるため、生産量が少ないんです。新品種として発表された当時は栽培に取り組む人がたくさんいたのですが、その栽培管理の難しさゆえ、次第に減っていきました。

また、高尾は巨峰から生まれた品種なのですが、やっぱり巨峰の方が知名度がありますよね。
それもあり、世間にあまり知られていない高尾は作る人が少ないのかなと思っています。

――美味しい食べ方はありますか?
果物は冷やすことが多いと思いますが、高尾はそのまま常温で召し上がっていただくのがおすすめです。高尾特有の濃厚な味わいが堪能できると思います。

あと、高尾は果皮が柔らかく、皮ごと食べられるぶどうです。好みもあると思いますが、皮ごと食べると濃い甘みと特有の香りが相まって本当に美味しい!
ぶどうは皮と実の間が栄養価や糖度が高く、最も美味しい部分のため、皮ごと食べた時の美味しさは是非味わっていただきたいです。

高尾が“幻”と呼ばれる理由

高尾が“幻”と呼ばれる理由

――どんなところに栽培の難しさがありますか?
高尾は「土を選ぶ」んですよね。
栽培方法や畑によって、味が変わったり、皮に渋みが残ったりしてしまうんです。
うちも高尾に関してはずっと同じ畑で作り続けています。他の畑に植えてもなかなか同じ味にならないんですよ。

また、木の成長の勢いが強くなってしまうことがあるのですが、そうなると実に養分が行き渡らなくなってしまう。高尾はその勢いをコントロールするのも難しいです。

高尾は粒の形が楕円形

――気難しいぶどうなんですね…
そうですね、作業面でも手間がかかります。
摘粒(てきりゅう)という、はさみを使って一粒ずつ余分な粒を除く作業があるのですが、他のぶどうだと1~2回くらいで済むところを、高尾の場合は3~4回は行わなければなりません。
というのも、高尾は粒の形が楕円形なんですよ。だから、房の形を決めるのが難しい。
摘粒作業を終えた後、最後に袋をかけるのですが、袋をかける直前まで房の形のバランスを考えて調整を行っています。

また、粒を大きくするためにジベレリン処理(ぶどうの花を植物ホルモンに浸す作業)を行うのですが、その時期を見極めるのも難しいんです。
処理を行うのに適したタイミングを逃してしまうと、きちんと粒が大きくならなかったり房から粒がはずれやすくなったりしてしまいます。

今年のように暖かくなるのが早かったり、逆に暖かくなるのが遅かったり、その年の天候によって最適な時期が変わってくるので、ぶどうの成長具合を都度確認することが必要になります。

後は、雨が当たると粒が割れやすくなるので雨除けハウスで栽培しているのですが、やっぱり雨を当てないと美味しくならないんですよ。
高尾は特に割れやすいので、ハウスのビニールを開けたり閉めたりと、その加減も難しいですね。

高尾ぶどう

土づくりや防除(農作物に悪影響を与える病害虫や雑草を防いだり除くこと)もまだまだ父が行っていて、栽培における絶妙な匙加減は、長年の経験を積んできた父だからこそできるところだと思います。

毎年同じようにはうまくいかないので、「今年は完璧だった」と思えたことはないんです。毎年「農家一年生だね」なんて言いながら多くの方に喜んでいただける美味しい高尾ぶどうを目指しています。

甘さ自慢の「伊佐沢スイカ」

甘さ自慢の「伊佐沢スイカ」

――伊佐沢はスイカも名産だとか?
はい。日本のスイカ生産量トップ3※の山形県の中でも、ここ伊佐沢で作られるスイカは「伊佐沢スイカ」と呼ばれています。

安部ぶどう園でも「姫まくら」という品種の小玉スイカを作っています。
1玉2.5~3㎏ほどのラグビー型のスイカで、糖度11度基準の甘さが自慢です。
小玉スイカは大玉スイカよりも甘みが強くなりやすいのが特徴かなと思います。

冷蔵庫で冷やしやすく、食べきるのにもちょうど良いサイズ。安部ぶどう園では2玉お届けするので、1玉はご友人やご親戚におすそ分け…なんてこともできますよ。

※参照:農林水産省 消費者の部屋 すいかの生産量の多い県をおしえてください

紅香のしずくプラム

――収穫する際のポイントはありますか?
積算温度(毎月の平均気温を合計したもの)を確認しつつ、実が卵大の大きさになってから28~30日後という目安をもとに収穫するのですが、写真の棒がその印になります。棒の色を変えて何日収穫予定のものか見分けられるようにするんです。
最終的には1玉ずつ叩きながら収穫タイミングを判断しています。

音が高すぎると未熟で収穫するにはまだ早く、あまりに低いと過熟になっているので、響く低めの音が良いですね。こもった音だと中に空洞ができているといったことも分かります。

――微妙な違いで難しそう…
正直私もまだ分からないことが多いです(笑)。
でも、実際に音の違いがあって、父をはじめ熟練の農家にはそれが分かるんですよね。収穫の時は皆叩いています。
シャリ感と甘さが堪能できる「伊佐沢安部すいか」を是非お試しください。

どんなときも自分を支える「楽しい」を見つけて

どんなときも自分を支える「楽しい」を見つけて

――農業をしていて大変だと思うことはありますか?
どの農家さんも同じだと思うのですが、忙しい時期は本当に休みがないんですよ。
うちの場合は8~10月の収穫シーズンに入ると、本当にノンストップです。
小さい頃から両親の姿を見ていたので、なんとなくそうなんだろうなとは思っていたのですが、いざ自分が農家になってみると、その忙しさに驚きました。

私は子供が3人いるのですが、夏休みも重なる時期に、どこにも遊びに連れて行ってあげることができないんですよね。そこが難しいところで、子どもに対してもかわいそうだなと思います。
仕事と子育ての両立がなかなか大変ですね。

仕事をされる上で大切にしていること「楽しむ」

――逆に嬉しかったことや良かったと思うことはありますか?
やっぱりお客さんがうちのぶどうを食べて「美味しい」と言ってくれたり、毎年買ってくれたりするとすごく嬉しいです。

あとは、自然の中で仕事ができるということが私にはすごく合っているなと思います。外で作業するので開放感があるし、健康的じゃないですか。
ぶどう畑にはハウスをかけているので、夏場は気温が33、34度になるほどとにかく暑いです。サウナ状態で作業をするのは大変ですが、そんな中でも、畑から見える景色が綺麗だったり、ぶどうが日々成長する様子を見ることができたりと、それがすごく楽しいんです。

 手をかけただけ応えてくれる、それだけ良いものになるということが、自分のやりがいになりますし、「これ、私が作ったんだよ」と自信をもって言えるところが農業の良いところだと思います。

 ――安部さんがお仕事をされる上で大切にしていることを教えてください。
「楽しむ」ということですね。
大変な仕事ですし、やっぱり何事も自分が楽しくないと続けられないと思います。
今日は嫌だなと思う日でも、綺麗な葉っぱや花を見ると、気持ちが良くなる。
自分が楽しいと思えること、じゃあ頑張ろうと思えるようなことを何か一つでも見つけることを大切にしています。

将来は、ぶどうを収穫して食べられるというだけでなく、この伊佐沢の自然や景色の良さを体感してもらえるような観光農園にするのが目標です。
安部ぶどう園の高尾ぶどう、スイカを通して、食べる人が幸せな気持ちになっていただけたら嬉しいです。

◎安部さんのスイカは楽天市場で購入です。高尾ぶどうの販売は7月頃を予定しています。

編集後記

初めて耳にした「高尾ぶどう」。気が遠くなるような栽培上のご苦労話を聴き、なぜ作り続けるのかとうかがうと、「お客さんが美味しいと言ってくれるからというのもあるけれど、父が好きなんだと思います」とのこと。 新しいものや便利で手軽なものが求められ、それにこたえるようなモノが日々生まれ消費される中、大切なものが大切だったものに変わったり、好きなことを貫くことが難しくなったりすることもあるかと思います。安部さんの取材を通して、好きなものを自分の手で作り続ける、好きなものだからこそ挑戦し続ける、そんな喜びを思い出しました。

  • この記事の情報は掲載開始日時点のものとなります。
  • 農作物は、季節や天候などにより状況が変わります。
  • 掲載内容は予告なく変更されることがありますのでご了承ください。
CATEGORY :農家さん

ライター情報

  • Noumusubi
  • 額見奈央

    楽天農業株式会社の2020年新入社員。石川県生まれ、奈良で学生時代を過ごして、愛媛にやってきました。「人にも環境にも優しく、人のつながりが生まれ続いていく」そんな地域に根差した農業を目指しています♪女子大出身・農業未経験女子だって農業ができることを発信していきます。

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