日本のオーガニックはなぜ遅れているのかーアグリビジネス論Vol.9

日本のオーガニックはなぜ遅れているのかーアグリビジネス論Vol.9
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公開日:2022.06.07

有機野菜やオーガニックという言葉は、日本のスーパーマーケットでも見かけるようになりましたが、諸外国と比較すると耕地面積は非常に小さい状況です。今回は生産者へのアンケート等も踏まえその理由を解説します。

目次

なぜ諸外国は有機農業が進んでいるのか

日本のオーガニックはなぜ遅れているのか?

日本のオーガニックはなぜ遅れているのか?と聞かれてまず浮かぶのは、日本の有機農業の農地面積の狭さです。

次のデータで、世界各国の有機農業耕作地の面積の割合をみると、日本は全体のわずか0.2%だということが分かります。

日本の農業全体が有機農業への取り組み

しかし、これだけを見て、日本の農業全体が有機農業への取り組みが遅れているということは言いにくい状況があります。イタリアは15.4%と割合が大きく有機農業への取り組みが積極的にみえますが、面積はイタリア【1,909千ha】であり、アメリカ【2,031千ha】、中国【3,023千ha】の有機農地の方が広いのです。

各国の有機農業面積に対する地目別の割合

またこちらのデータで各国の有機農業面積に対する地目別の割合をみると、耕地面積の割合が最も高いイタリアでは樹園地、次のドイツでは草地としての割合が高いことが分かります。これは何かというと、オリーブや牧草地での有機農業の取り組みが盛んだということです。草地やオリーブ畑は、葉物野菜などの栽培に比べて手間もかからず、化学肥料や除草剤なども使用することがもともと少ないので、有機栽培がやりやすい品目になります。

日本では牧草もオリーブも生産しているにはしていますが、EUやアメリカなどの諸外国とは比べ物にならないくらい小さい面積です。例えば、先日私はオリーブで有名な香川県の小豆島に行きましたが、小豆島全体のオリーブの木の数は、スペインの中規模なオリーブ農家1件の管理している木の本数と同等かそれ以下ということでした。

そもそもオリーブ畑など気候的(地中海気候)歴史的経緯(オリーブの発祥はシリアやトルコなどで、今でも主力の産地です)があってその土地で最適な作物が作られるようになっています。一方で、日本においては、長い歴史の中で様々な野菜が渡来して栽培されるようになりました。例えばトマトはアンデス高原などが生まれ故郷ですし、キャベツはヨーロッパが生まれ故郷です。そういった作物を、気候が違う日本で育てるためには、多くの世話も必要ですし、必要によって農薬や施肥を行わなければなりません。

もちろん、日本で栽培しやすいように品種改良も行われています。日本の農業の歴史では、多くの野菜栽培おいては、外国からの品種を導入し、それがいかに安定的に大量に生産できるかということに主眼がありました。そのための栽培方法として施肥や農薬の適切な使用を研究していたことが多いです。

日本は農薬大国なのか?

日本は農薬大国なのか?

また、よくある誤解として有機農業に取り組んでいない「日本は農薬大国」というような指摘がありますが、本当にそうでしょうか?

作物別にみた年間の農薬使用量

こちらは作物別にみた年間の農薬使用量ですが、イタリアやフランスで生産が日本よりも盛んなぶどうについては、面積当たりの割合は日本【30.9%】で、イタリア【45%】、フランス【61.8%】なので、日本のほうが減農薬であることがわかります。

これとは別に、有機栽培のぶどうはイタリアやフランス、日本にもあります。ぶどう栽培の天敵、べと病の予防として使われるボルドー液は、有機栽培においても使用が認められています。

つまり、気候やその国の農業の歴史によって、有機農業を行いやすい作物(地域・国)と、行いにくい作物(地域・国)があるという事であり、日本では有機栽培が世界に比べ遅れている原因は他にもあるということを考えなければいけません。

日本の生産者の意識 有機農業=美味しいではないという事実

日本の生産者の意識 有機農業=美味しいではないという事実

2019年、私はSNSの農業者のコミュニティにおいて、有機農業への取り組みに関して109人の方にアンケートを実施し、日本商業学会 第70回 全国研究大会にて共著者と発表しました。

アンケートの結果、55%の生産者は「有機農業に取り組むつもりはない」と回答しました。尚、有機農業に取り組んでいる方は14%、取り組もうと活動中である方は11%、取り組もうとする意識はあるが行動に至っていない方は20%という結果でした。

では、その55%の方々に『なぜ取り組まないのか』ということを尋ねたところ、以下のような結果が得られました。

有機農業に取り組むつもりはないアンケート

この声から見てとれる問題点は以下の通りです。
①『有機農業や期間中無農薬栽培などという以前に、消費者に美味しい野菜を届けるのが生産者の役目』だと思っている生産者が一定以上いる
②日本においてJAS認証の過程が困難である
③JAS認証を取得しても流通面で大きな課題がある
④消費者が有機農業を正しく理解していると思えないと感じている

①については、農産物生産に携わる人たちのミッションであり、大切なところです。次の章でも述べますが、有機農産物だからと言って「美味しい」わけではありません。ただ、生産者が『有機農業で、かつ美味しい野菜を作りたい』という意識になるかというのも大事なポイントになります。

有機(オーガニック)農産物を、欧州委員会は2019年3月、「急成長する部門の一つ」として発表しました。
欧州連合(EU)における有機生産および有機産品の表示に関する基本方針を定めている欧州理事会規則((EC)No834/2007)によれば、農薬や化学肥料などの化学物質の使用を制限した有機農業は、「最善の環境対策、高い生物多様性、天然資源の維持、高いアニマルウェルフェア(動物福祉)基準の適用を組み合わせた農場管理・食品生産」の方法であると定義されています。

つまりEUでは有機(オーガニック)農産物に対する消費者の関心が高まっているので、その中でいかに美味しい野菜に育てるかは、農業生産者の腕や品種と収穫後の鮮度などによるものになってきます。従って、生産者が『有機農業で、かつ美味しい野菜を作りたい』という意識になるかどうかは、②③④の課題解決が先行して行われるかどうかに因ります。

EU同様に、有機(オーガニック)農産物であることが、消費者生活者の野菜を購入する大きな動機付けとなれば、農家の行動を変えることに繋がっていくのですが、実際はどうでしょうか?

生活者はどのくらい有機農産物を買う?

生活者はどのくらい有機農産物を買う?

では、消費者はどのくらい有機栽培品を食べたいと思っているのでしょうか。農林水産省の調査では、このようなアンケート結果が出されています。

オーガニック食品の飲食頻度は、月に1回未満が34.0%と最も多く、ほとんど毎日食べる方は5.9%とも最も少数になっています。

食品を購入するときによく確認する表示内容

また食品を購入するときによく確認する表示内容では、原産国72.5%をはじめ、期限や原材料、添加物は半数以上の方が見るにも関わらず、有機JASは14.6%と意識されている方に差があるようです。

こちら2つの調査を見る限り、有機農産物を「日常的に」「比較的毎日」食べている人が多いとは残念ながら言い難いのではないでしょうか。

有機農業(オーガニック)が進むために思うこと

有機農業(オーガニック)が進むために思うこと

野菜は日々収穫します。しかし消費者が増えなければ、作っても余るばかりです。
先日、近隣のスーパーマーケットでオーガニックのミニトマトを購入しました。購入翌日食べたのですが、だいぶしぼみつつあるものでした。推測ですが、収穫してから1週間以上経っていたのではないかと思います。九州地方で収穫してから大阪のスーパーの店頭に並ぶまで3日は必要だと思いますが、そこからさらに3~4日以上売れていなかったということは、購入する消費者生活者の数がまだそこまで多くはないことが想像されます。

 「なぜ有機農産物を買わないのか」「どうすればあなたはもっと有機農産物を購入しますか」という調査をしたら、恐らく、価格面で高いこと、スーパーなどでの品揃えが乏しいこと、野菜の見た目(不揃い)などの消費者の声が出てくることと思います。

私自身は有機農業を単純に広めるよりも、消費者生活者に正しい「オーガニック」を理解していただきつつ、生産者の取組を支援することと、生産者の販路先として安定的なところを政府主導で獲得していくことが必要だと思っております。

私からの主な提案は2つです。
(1)オーガニックの正しい普及啓蒙活動
農薬化学肥料への誤解なども解消するカリキュラム、特に学校などだけではなく消費者生活者の方に届くような方法として行う。
(2)有機生産者に、小売業以外の安定的販路を支援

理想としては、大規模な工場で有機野菜を中心に加工して、冷凍品や半調理品として全国の学校や保育園、介護施設、刑務所などに購入補助付きで優先提供していく。(ちなみに学校給食は長期休暇や急な休校、全国的に内容や予算に偏りがあり難しいと考えています。)

農林水産省では、もちろん有機農業普及に向けた取り組みをしていますが、予算規模は23億円(人材育成は3億円程度)と、この規模の予算では正直難しいと私は感じています。予算を積めばいいというものではないですが、みどり戦略を実現するのであればJAS認証などの話は真っ先に無料とする必要があるのではないでしょうか。また、生産者と消費側を結ぶプラットフォーム支援より、生産者が地域単位で有機栽培に取り組むための助成と、年間契約等でまとまった量を生産者から買い取る小売業などへの支援などの取組も考慮していく必要があると感じます。
(参考:有機農業をめぐる事情 令和2年9月 農林水産省 生産局農業環境対策課

もちろんこういった政策で、そこまでの税金投入が是か非かの議論は必要です。ただ少しでも声をあげて検討していくことで、環境問題への意識の向上などの相乗効果も図られるのだと考えております。

日本のオーガニックはなぜ遅れているのか

日本のオーガニックはなぜ遅れているのか

尚、日本でオーガニックが遅れていると指摘する人の中に、『有機栽培の指導ができる人がほとんどいない』『日本は高温多湿だから、農薬や化学肥料がないと農業ができない』という人もいますが、私は、これは正確な指摘ではないと私は思っています。

なぜなら、日本において栽培されている多くの作物は、日本の特殊な気候に合わせて、かつ農業者の手間を最大限に減らすためと安全性と味・品質の高さを向上させるため、そして『日本のある程度どこで栽培しても、同じ育て方であれば同じ味と品質が保証される』ことが大切なので、多くの研究や知恵に基づいての肥料設計や農薬散布回数、播種の時期、お世話の仕方が成り立っています。

どこかのエリアでトマトの有機栽培が成功したとしても、山一つ隔てたところや、川をまたいだところの農地で成功する保証はありません。雨の降り方なども隣町で違うこともあります。その微妙な違いを感じ取り、マニュアル通りの栽培方法を少し変化させる、あるいは急な気候変動に対応した予防処置をすることで、美味しい生産物を世の中に流通させているのは農家の個々人の能力です。

つまり、有機農業の指導者やマニュアルを作っても、その農家の地形や気候・生産品目品種に対して同作業をすれば美味しい作物がたくさん収穫できるかは農家の腕次第です。マニュアルや指導員は参考にはなりますが、それだって、農家ごとに初年度から100点の指導をできるわけではなく、2~3年以上の期間かかって、その土地でその品目を有機栽培で行うのに最適な方法を見つけることができるかもしれない、という程度です。また高温多湿だから有機農業ができないわけではなく、能力の高い農家は2~3年あれば有機栽培方法を自分で確立できる人は多いと思います(ただしそれでも規格不揃いなどの問題は生じます)。

ただ問題は、その「2~3年(あるいはそれより長い期間)」の間、農業者の所得をだれが補償できるのだろうかということです。規格にそろわないものでも流通ができ、消費者生活者は購入するだろうかという問題です。私の以前のアンケートでは、そのような指摘を農業生産者からたくさん頂戴しました。

最後に、日本でオーガニックが遅れている理由をまとめておきます。
・認証に関するコスト
・生産側の技術的要件と、栽培技術が確立するまでの収入減少の不安
・消費者側からのニーズがまだそこまで大きくない
・行政からの支援がまだまだ表層的
他にも、流通面の事や、消費者が具体的にどんな理由で野菜の買い物をしているのかなどの事があります。

今後は、生産者が「意欲的に」取り組めるような「流れ」を作ることと、消費者が「正しく」「積極的に」有機食品を購入していく「流れ」を作ることが、日本のオーガニックを進めていく鍵となるでしょう。

  • この記事の情報は掲載開始日時点のものとなります。
  • 農作物は、季節や天候などにより状況が変わります。
  • 掲載内容は予告なく変更されることがありますのでご了承ください。

ライター情報

  • Noumusubi
  • 片桐新之介

    フードビジネスコンサルタント。京都文教短期大学と吉備国際大学でフードツーリズム、フードビジネス論の講義もしています。得意分野はお酒と魚。百貨店食品部での経験を活かし、様々な面で農家や水産業者を支援。6次産業化プランナー、兵庫県マーケティングアドバイザー。まちづくりのコンサルも行っています。

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